2020.08.24

夫婦出版社が営む港の蔵書室「本と屯」。本を装置にした「誰もが、ただ居ていい場所」

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夫婦出版社が営む港の蔵書室「本と屯」。本を装置にした「誰もが、ただ居ていい場所」

夫婦で営むインディペンデントな出版社『アタシ社』。もともと逗子市で活動していたアタシ社が、三浦市に移転してきたのは2017年のこと。移転と同時に蔵書室『本と屯』を開店した。アタシ社の本、夫婦が個人的に集めてきた本、全国から寄贈された本……実に5,000冊もの本を無料で読むことができる。2階にある『花暮美容室』も経営している。

通りがかりの人たちは『本と屯』を覗きこみ、「古本屋さんかしら?」「私設図書館?」「ブックカフェでは?」とつぶやく。アタシ社のふたりは『本と屯』はそのどれとも違うと語る。


「この店をあらわす言葉はないんです。強いて言うなら無目的空間」。その言葉の真意とは。担当は岩崎です。

築90年以上の元船具店を港の蔵書室に

吉田戦車さん描き下ろしの暖簾がはためく「本と屯」。「吉田戦車!?」と驚愕する人も多い

三浦市唯一の出版社『アタシ社』を営む三根夫妻。10年ほど逗子市に暮らしていたが、2017年に三浦市に移住してきた。

「逗子の家は本で溢れていました。夫婦それぞれが買い集めた本に加えて、出版した本の在庫保管もしていたので。『引っ越したいなぁ』と常々思っていました。そんな時、ひょんなことから三浦市在住の方に出会い、『三浦もいいよ』って勧めてもらったんです。後日、その方に三浦をぐるっと案内してもらいました。その時に、この物件を見せてもらったんです」

現在『本と屯』に姿を変えた船具店は、もともとはその方が借りていた物件だったという。

『本と屯』店主であり、編集者のミネシンゴさん

「どうせなら面白い人に借りてほしいね、と仲間同志でお金を出し合ってキープし続けていた物件だったそうです。目の前には新刊書店『三崎堂書店』もあって。ここに出版社を移転するべきだと直感して、初訪問した日に引っ越しを決めました」

夫妻は船具店を借り受け、がらんどうだった店内に“とりあえず”家にあった数千冊の本を並べた。そして「誰でも無料で本が読める場所」とし、『本と屯』と名付けた。それからというもの、全国からここを目指して尋ねてくる人、送られてくる数多の寄贈本……、この場所が磁場となって、人やモノが集まりはじめたという。

カオスでありながら、居心地の良い空気が流れている

「想像しない形で事態がどんどん展開していって、事後的に『町にはこういう誰にでも開かれた場所が必要なんだ』と認識しました。地元民も、観光客も、子供も老人も居られるハブとなる場所。そのためにも、金銭のやりとりや、“目的意識”なるものをできる限り持たないようにする必要があるんじゃないかって」

小上がりには小説家いしいしんじの本棚が丸ごと寄贈されている

ブックカフェとなにが違うのか?

本と屯は一般的な漫画喫茶やブックカフェとなにが違うのだろうか。

「一番の違いは金銭のやりとりがないこと。基本的に、ここにある本は買えないし、借りられない。端的に無料で本が読めるだけの空間なんです。もともとはお茶すら飲めなかったんですけど、要望が多くて提供するようになりました。『コーヒーくらい買えた方が、居る側としても気が楽』と言われることが多くて。『そういうもんか』と思い、改装して保健所を通しました」とシンゴさんは振り返る。

いい本に巡り合っても借りられないし、買えない。タイトルをメモしたり、写真を撮ったりして帰っていく

「『ブックカフェと何が違うの?』と聞かれたら、ある意味ではなにも変わらないよ、と答えます。強いて言えば、迎える側のマインドくらい。私たちは日常の中で、お金を払ったり、役割を与えられることで『そこに居る権利』を得ている。それゆえ、金銭のやりとりがない『本と屯』ではフリーズしちゃう人も多い。でも、自分たちとしては、本という装置があれば“ここに居る最低限の動機”くらいは、自ら創出できると考えています」とかよこさん。

「この店を通して『ただ居るのって難しいんだな』と改めて感じました」と、かよこさん
懐かしい絵本、最新の絵本……無秩序に置かれていて楽しい
アタシ社の本のみ販売している。アタシ社の本を読み、夫妻を訪ねてくる読者も多い

本を読まなくてもいい、けれども

時に「本と屯」はカオスだ。
大学生が勉強している。観光客のお母さんが赤ちゃんにミルクをあげている。小学生がスライムで遊んでいる。その隣で、地元の人が昼からビールを飲んでいる。もちろん、静かに本を読んでいる人もいる。

「この風景、いいですよね」とミネさんは笑う。

少し間をあけて

「でも……、誰かが居心地良くなってくると、今度は誰かが居心地悪くなってくるんですよね。その辺のバランスはとり続けないといけない。やじろべえのように、いったりきたり」と、つぶやいた。

夫婦と繋がりのある著者の本が部数限定で販売されることも。その多くはサイン本
小学生や大学生が屯しているのも、よく見かける風景
夫妻の友人の焙煎士が考案した「コーヒーソーダ」。ほんのり甘くて、ビターな味わい

今日も「本と屯」には、いろんな人が出たり、入ったり。居心地悪くて一瞬で出ていく人、初めて来たのに3時間も小説を熟読してる人。

暖簾をくぐれば、いつでも門戸開放。
「こんにちは、ここは蔵書室。どの本も無料で読むことができます」とだけ、夫妻は声をかける。その先は、あなた次第。

「お金を払わなくても、目的がなくても、ただ居ていいのが本と屯です」と微笑む三根夫妻
Information

店舗名:本と屯

所在地:神奈川県三浦市三崎3-3-6

お問合せ050-3592-4819

営業時間:10:00〜19:00(変動あり)

定休日:毎週月曜日、第2・第4火曜日

駐車場:なし

お支払い方法:現金のみ

席数:8席

岩崎 聖秀この記事を書いた人岩崎 聖秀
1976年、横須賀出身。三浦歴15年目だが、町に深く関わるようになったのは数年前。高校時代をアメリカのど田舎で共に過ごした先輩の「三浦最近面白そうじゃん」をきっかけに、一緒に「みやがわベーグル」をオープン。2020年同店を「みやがわエンゼルパーラー」として三崎に移転。楽しいことをフックに社会問題解決の一助になることが生き甲斐。

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