2021.08.06

【gooone RADIO】ただの不時着 #episode1

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【gooone RADIO】ただの不時着 #episode1

ラジオドラマ「ただの不時着」

房総半島の木更津からパラグライダーに乗り嵐に巻き込まれ、三浦半島の三崎港に不時着した芹子。 そこは昭和のまま時間が止まった商店街だった‥‥。

原作:藤沢宏光
出演:三根かよこ(芹子)、藤沢宏光(おじさん)、寺尾研(焼き鳥屋の主人)、 高橋美香(焼き鳥屋の妻)
ナレーション:ミネシンゴ

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その日、木更津は快晴で絶好のパラグライダー日和だった。

海からの八月の風に乗ってぐんぐんと高く舞い上がる社長の姿を社員たちはみんな眩しそうに見上げていた。

化粧品やファッションの分野で大成功を収めた女社長の芹子を地元の木更津では知らない人はいなかった。

海に山にありとあらゆる贅沢な遊びをしてきて辿り着いたのがパラグライダーだった。

「今日は最高ね、鳥になった気分よ、このままどこまでも飛んでいきたいわ」

きらきらと海は輝き、遠く富士山がみえる。
ふわりふわりと空中を漂っていると犬吠埼方面から真っ黒い雲が突然現れ渦を巻いて近づいてきた。

「なにこれ、竜巻?迫ってくるわ、どうしよう?逃げなきゃだわ」

ゴロゴロ、ピカッ、ビューン、ザザザザ、ドッカーン

「えー?きゃー!やめてー!」

突然の竜巻に飲み込まれた芹子はぐるぐると回転しながら気を失った。

目覚めると商店街の傾いた電柱にパラグライダーの翼を巻きつけたままぶら下がっていた。

「どこなのよここ?なにこれ?映画の撮影所?」

「電柱も木製?電線だらけで、みんなトタン屋根よ!」


「ちょっと誰かいないの?」


助けを呼ぼうにもこの商店街は誰ひとりとして歩いている人はいなかった。
茶トラの野良猫が芹子を見上げていた。

「なに見てんのよ!誰かいないの?見てないで誰か連れてきなさいよ!」

茶トラはゆっくりとどこかへ歩いていってしまった。

「どこなのよここ、それにしても寂れてるわね、いまどきテレビのアンテナ?あれはもしかして井戸? まさかね・・・、平成通り越して昭和に来ちゃったの?」

しばらくして茶トラが長靴を履いた体格のいい男と歩いてきた。

「あんたすごいわね、ほんとにおじさん連れて来てくれたのね」

茶トラと男は並んで、電柱に引っかかったままの芹子を見上げていた。

「おじさん、お願い助けてよ、お金ならいくらでも出すから」

長靴を脱いで首のタオルを両手に巻きつけると、するすると電柱を登ってきた。
男につかまって芹子は地面に降り立った。

「ありがとうおじさん!助かったわ、ところで、ここはどこなの?」

ここは三浦三崎だ。

「三浦三崎?てことは房総半島から三浦半島まで飛んできちゃったの? スマホ貸してよ、電話したいから」

スマホ? なんだそりゃ?そんなものはこの町にゃねえ。

「スマホ、知らないの?電話よ、メールとか、ネット見ないの?WI-FIないの?」

姉さん、なにを言ってるんだかわかんねえけど、この落下傘でどこから来たんだ?

「千葉の木更津よ、竜巻に巻き込まれたの、落下傘じゃないけど」

海に落ちなくてよかったなあ、一貫の終わりだぞ、鮫がウヨウユいるしよ。

「三浦三崎ってまぐろの漁港の?こんなにレトロでいいわけ?木更津はもっと大都会よっ」

そうかい、木更津は大都会になっちまったのかあ、昔は兄弟みてえな港町だったんだけどな・・・。

茶トラはふたりの足元で毛繕いをしている。

それにしても姉さんは、桃みてえにいい匂いがするなあ。

「サルヴァトーレフェラガモのインカントシャインよ」

こんないい匂いは生涯嗅いだことはねえなあ。
毎日二十貫の魚のトロ箱を背負って運んでるから体じゅうが生臭くなっちまってなあ。

「どおりで臭いと思ったわ、洟かみなさいよ」

首に巻いたタオルで洟をかんだ。

「木更津に帰りたいの、電車はどこよ?」

電車は通ってねえよ、今夜イカ釣りの船に乗せてもらうと明日の朝には着くだろうよ。

「イカ釣りの船!それに乗ればわたし帰れるのね。おなかがすいたの、なにか食べたいわ」

そうか、そりゃあいけねえな、焼き鳥でも食うか。

ふたりは迷路のような路地を抜けて、年季の入った暖簾の掛かる店に着いた。

おやじさん、ホッピー二つと焼き鳥を適当に盛り合わせてくれ。

「なにここ?映画のセットみたいね、おとうさんとおかあさんが高倉健と賠償千恵子に見えてきたわ」

染みだらけのカウンターに焼き鳥と透明な液体で満たされたジョッキグラスとホッピーの瓶が運ばれてきた。

「どこにホッピーを入れるのよ?1センチくらいしか入らないわ」

ここのホッピーは世界一濃いから混ぜちゃあいけねえんだよ、うわずみを呑むんだ。

ジョッキ半分も呑まないうちに芹子は酔い潰れて寝てしまった。

昔は木更津とは兄弟みてえに仲が良かったのになあ・・・。
お互いに行ききしてなあ・・・。
同じ漁師町なのになあ・・・。


すっかり夜もふけて、酔い潰れた芹子を抱えて店を出た。

あーあ、姉さん寝ちまったか、疲れたんだろう、それにしてもいい夜だなあ。

桃の香りのする芹子を背中におぶって港へ向った。

いい匂いだなあ・・・、姉さん、体重はちょうど十二貫目てとこだな。

ひとっこひとりいない裸電球の灯る商店街を抜けて港へ向った。
芹子を花暮岸壁のパレットの上に寝かせて、生臭い作業着をかけてやった。
男が最後に女をおぶったのは年老いた母親だった。

おっかさんは軽かったなあ、あんなに軽くなっちまうなんてなあ・・・。
盆の送り火の灯篭流しをみたいって言うもんだから岸壁までおぶったよなあ・・・。
あの頃、俺は博打三昧で「立てばパチンコ、座れば麻雀、歩いてむかうは競艇場」てなもんでな・・・。
おっかさんには苦労をかけたなあ・・・。
親孝行しとけば良かったのになあ・・・。
おっかさんにもういっぺん会いたいなあ・・・。

「おじさん、さっきからなにをブツブツ言ってるのよ・・・、あーよく寝たわ。それにしてもすごい星ね、あれはもしかして天の川!」

やがて藁を縛って油を染み込ませたたいまつに、炎を煌々と灯したイカ釣り漁船が近づいてきた。

姉さん、これに乗って木更津へ連れてってもらうんだ。
達者で暮らすんだぞ、木更津は兄弟みてえなところだから。

「おじさん、ありがとう、わたし忘れないわ、いつか統一されたらまた会いましょう」

房総半島と三浦半島が統一されるなんて、そんな夢みてえな日がほんとうに来るのかい?

イカ釣り船に乗り込んだ芹子は船頭に東の方角を指差した。
満天の星空のもと、芹子を乗せた船は焼玉エンジンのポンポンという音を響かせて、たいまつの炎を燃やしながら、送り火の灯篭流しのようにゆっくりと外海に向って進み始めた。

花暮岸壁に桃の香りを残して。

藤沢 宏光この記事を書いた人藤沢 宏光
広島県出身。20歳で上京しミュージシャンのマネージメント業務を経た後、音楽プロデューサーとして「The BOOM」「小野リサ」など数々のアーティストの作品制作を行う。2004年に三崎に移住。2010年に三崎銀座通り商店街で「ミサキプレッソ」、2012年「ミサキドーナツ」を開店。地元三崎の「かもめ児童合唱団」のプロデュースを現在も務める。

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