2022.09.10

そこはわざわざ行きたくなる場所。町に変化をもたらすカルチャーの実験場「gallery nagu」

そこはわざわざ行きたくなる場所。町に変化をもたらすカルチャーの実験場「gallery nagu」

日帰り観光で三崎を訪ねる際、明確な目的地がある人は少ないかもしれない。
天気も良いし、漁港周辺を散策して、どこかでマグロ丼でも食べようか。そんな風にふらりとやって来れるのも、三崎という港町の大きな魅力。

でも、このところ、町に小さな変化の風が吹いている。
そこは、観光の中心地から少し離れたところにある、わざわざ行きたくなる場所。向かう道すがら小さな胸の高鳴りを感じることができる場所。

ご紹介するのは昨年末にオープンしたギャラリー「nagu(凪)」。まっしろなカンバスのような空間は、さながら三崎の一角に出現したカルチャーの実験場。ここに来れば、これまで出会うはずのなかった人やモノと出会えるかもしれない。

(文・取材:瀬木広哉 写真:ミネシンゴ)

写真家が手掛ける多目的スペース

宮川町のバス停で降り、宮川港へと降りていく坂道の途中に「nagu」はある。三崎港の商店街付近から車で向かうと7、8分。涼しい季節は、風景を楽しみながら30分ほど歩いて向かうのも悪くない。

青いネオンで書かれた「凪」の文字が目印

坂道を降っていくと、草いきれと潮の香りが混さるのどかな風景の中に突如、白壁と木の温もりが調和したおしゃれな空間が現れる。切り盛りするのはフォトグラファー、ディレクターの小野田陽一さんと、商品開発やマネージメントのほかモデルも務める松本有未さんの夫婦だ。

小野田陽一さん

「写真の仕事を通して知り合ったさまざまな作家さんの作品を展示できて、オリジナルのグッズを販売できて、さらに撮影スタジオとしても使える。そんな場所があったらいいなあと、以前から思っていたんです」と小野田さんは話す。

松本有未さん

現在は企画展などの期間中のみ営業。今後は毎週土曜日をオープンデーとし、訪れた人がお茶を飲んだり、ただのんびり過ごしたりできるようにするそうだ。

写真、アートからジュエリーまで多彩な展示

「nagu」では定期的に企画展などが開かれてきた。

オープンしたての2021年12月には、小野田さん自身の作品を展示する巡回展「静物画」がここからスタート。「その場の空気感や空間そのものを写真に落とし込みたい」という小野田さんが、益子焼の陶芸家である寺村光輔さんの器などをモチーフに、絵画的な写真表現を試行。新たなカルチャースポットの誕生を、大いに印象付ける展示となった。

写真提供:小野田陽一
写真提供:小野田陽一

2022年3月には平野篤史さんによる自版印刷、張子による半立体作品展「a measure of beauty 美しさの尺度」を開催。

写真提供:小野田陽一
写真提供:小野田陽一

さらに2022年6、7月にはハワイを拠点に植物をモチーフにしたジュエリーを制作している「Nature Metal Works」の作品展「minimum / maximum」を開催した。いずれも企画先行ではなく、小野田さんらのこれまでの出会いから生まれたそうだ。

写真提供:小野田陽一
写真提供:小野田陽一

「普段はわざわざ来ない場所だからこそ、来てみたら楽しかった、わくわくしたと言ってくださる方がとても多いんです。観光名所を巡るルートの中に組み込んで、楽しんでもらえると嬉しいですね」

展示をしていないときの「nagu」の内観。小野田さんが写真家の目線で、スタジオとしても活用できる空間をプロデュースした
元は釣具倉庫だった建物。リノベーションの分野で知られる「ルーヴィス」が設計、施工を手掛けた
この日はほんのり曇り空。天気の良い日は、陽の光がたっぷりと注ぎ込む

今後は撮影スタジオとしても利用できるよう、準備中だという。

お香、お茶、トートバッグ……オリジナルグッズも続々

「nagu」では展示だけでなく、オリジナルグッズの制作、販売にも力を入れている。商品開発などを一手に担っているのが松本さん。

「私自身が以前、ギャラリーと雑貨のお店で働いていて、民芸やプロダクトデザインに興味があって。これまでさまざまな作家さんと出会ってきた経験を、この場で活かせないかと考えたんです」

例えば「静物画」展に合わせて制作したお香は、デザインスタジオ「ampersands」と老舗のお香専門店「麻布 香雅堂」と共同制作したもの。白檀・沈香・丁子・貝香など天然素材を100パーセント使用。お香立て、トートバッグなど、上質さを感じさせるプロダクトは、小野田さんの静謐な写真作品とどこか響き合っている。

2022年9月17日と18日には、ほうじ茶ブランド「TOU」の発売を記念した販売会・お茶と和菓子の会を開催する。タッグを組んだのは、献上加賀棒茶で知られる石川県加賀市の丸八製茶場。焙煎の実演やほうじ茶の飲み比べをしたり、葉山で活動する嶋ゞの和菓子を提供する他、18日にはトークイベントも開催される。イベントチケットの購入はnagu公式サイトから。

写真提供:小野田陽一

さらに2022年10月22日と23日には、「麻布 香雅堂」と再度協力して開発したお香「うつろひ」の発売イベントも開催。

これら「nagu」のオリジナル商品はgallery naguの他、オンラインショップで購入可能(一部商品は10月から販売予定)。

どの商品も細部までこだわり尽くされているから、松本さんが在廊していたら詳しく尋ねてみるといいにゃ

ギャラリーは夫婦の歩みの結節点

小野田さんは横浜市出身。自身の作品を発表する傍ら、大手家電メーカーから人気アウトドアブランドまで、多くのクライアントワークもこなす人気フォトグラファーだ。

「大学時代に一眼レフのカメラを買って、写真を撮り出したのが最初です。当時の僕は、毎日電車で会社に通うような生活がどうしてもイメージできてなくて。じゃあ、どんな仕事なら自分に向いているだろうと考えた時、頭に浮かんだのが写真でした」

写真スタジオや出版社の写真部などで勤務した後、フォトグラファーの泊昭雄さんに師事した。2011年に28歳で独立。近年は動画の撮影も積極的に行うほか、ディレクター業などにも活動の幅を広げてきた。

小野田さんが独立したのと同じ頃、松本さんは地元静岡県で一度就職した後、文化服装学園で学ぶために上京。街でスタイリストから声を掛けられ、撮影のモデルを務めるようになった。小野田さんと知り合ったのも撮影現場。その後、ギャラリー兼雑貨店での仕事をしてきた松本さんの経験も、「nagu」の運営に活かされている。

ギャラリーの運営は、夫婦それぞれのこれまでの歩みがうまく掛け合わさった結果でもあったようだ。

繋がり合うことで、町はもっと盛り上がる

子供の頃に父親に三崎の朝市に連れてこられていたという小野田さんだが、大人になってから最初に三崎を訪ねたのは5年ほど前、ある鞄ブランドの撮影のためだった。

「その後、三浦市の移住冊子の撮影で計一週間ぐらい来る機会があって。冊子の取材やデザインを手掛けた地元の出版社、アタシ社のミネシンゴくんから『こっちでアトリエを借りませんか?』と声を掛けてもらったんです。自分と年齢の近い人たちがいろいろなことにチャレンジしている様子を見て、自分もこの地で人々と繋がれたらいいなあと思いました」

写真業界に対して抱いていた違和感も、背中を押したそうだ。

「今は専門のカメラマンではなくても、誰もがスマホ一台で写真を撮れる時代になっています。 カメラマンの仕事は今後、間違いなく淘汰されていく。 でも、若いカメラマンは増え続け、大御所クラスの人たちもまだまだ現役。 需給のバランスが完全に崩れてしまっているのが実情です」

そんな「終わりのない椅子取りゲーム」を俯瞰で捉えることで、見えてきたものも多いと小野田さんは話す。

「『掛け合わせ』がすごく大切だと気付いたんです。異質なものが出会って、掛け合わさることで、思いもしなかったものが生まれてくる。ここをそんな場にするためにも、まずはさまざまな実験を通して自分自身がブランディングやビジネスについて理解を深めなきゃいけない。魅力的な場が増えれば、町自体がもっと盛り上がっていく。そんな良い循環の一部に、僕もなりたいんです」

宮川港にたたずむふたり。「nagu」という名前は、港の食堂でご飯を食べながら、海を眺めていて思いついたそうだ

ここは運営者、来訪者、町の人たちが一緒になってモノやコトを生み出していく場所。まずはただ興味本位で遊びに来てみてください。そこから何かが始まるかもしれません。

information

店舗名:gallery nagu (ギャラリー凪)

所在地:神奈川県三浦市宮川町11-28

お問合せ : インスタグラムアカウント「gallery_nagu」からDMを

営業日:展示会・イベント時のみ、今後は土曜日をオープン日する予定

お支払い方法:現金、クレジットカード

瀬木 広哉この記事を書いた人瀬木 広哉
1978年生まれ、兵庫県出身。元共同通信記者。2022年から横須賀に居を移し、三浦の出版社「アタシ社」で編集者として働きはじめました。たまに「本と屯」や「雑貨屋HAPPENING」のお店番をすることも。少しぼーっとしているように見えますが、心の中ではシャキッとしています。たまに路地裏を高速で移動している人がいたら、猫を追う私です。

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