- よみもの
くろば亭 山田家の系譜ーオヤジのまぐろー後編
三浦三崎のくろば亭。今や地元住⺠でさえ知らない⼈も多くなったというそのルーツを⼤正昭和、平成、そして令和へと連なる家族の系譜とともに探ります。
2022.08.30
2020.08.23
三崎にある出版社「アタシ社」から刊行された「みさきっちょ」。作家いしいしんじが三崎で過ごした奇跡の日常。町の情景やお店、人物などすべて実名で登場しています。ドキュメンタリーのようでファンタジー。いしいしんじの見た風景、聞こえてくる言葉、時が流れても色褪せることはない。
goooneにて、「みさきっちょ」の第一話試し読みを掲載します。三崎を舞台にした小説「みさきっちょ」は自分へのお土産にもぴったり。三崎からの帰り道、赤い電車に揺られつつ、読んで帰ってほしい。特別な一冊です。
オレが住んでたのは、日の出。西村さんの横に昔、コインランドリーあったべ。いまは地べたの駐車場になってっけど。あの隣。モチクの坂おりてった角の白い家。
前は、小学校の、白木先生がひとりで住んでたって。
東西南北、四方に窓があんだよ。天気のいい日は夜明けからぜんぶあけて風いれて、で、ボーッとして、ちょこちょこっ、て鉛筆うごかして、またボーッとして、また、ちょこちょこっ、て鉛筆うごかして……。
すんとよ、正面の窓の下、うちのまん前のアスファルトから、頭わるそうなガキどもの合唱が、不気味な声で、わきあがってくんだよな。
しんだ、しんだ、いしい、しんだ
しんだ、しんだ、いしい、しんだ
しんだ、しんだ、いしい、しんだ
「しんでへん」
海側の窓から顔だしてどなる。
「ぜんぜん、しんでへんわ。オレ、朝からタマゴくうて、じゅうぶんすぎるくらい、二十二世紀くらいまで生きとるっちゅうねん」
「ねー、しんださん」
リーダー格のめいが淡々という。
「ねー、カニとりにいこーよー」
「は。カニとり?」
オレは、イタリア人みたいに肩をすくめ、手をひろげて、
「おまえら、あのな。見ててわからんか? オレ、いま働いとんねん。ずーっと、小説、てわからんか、マンガやない、字ぃの本のはなし、書いてるとちゅうやねん。な、じゃますんせんとな、はよ、帰れ。去ね。な」
と、また、歌がはじまんだ。
しんだ、しんだ、いしい、しんだ
しんだ、しんだ、いしい、しんだ
しんだ、しんだ、いしい、しんだ
真っ昼間から不吉な合唱をバックに、めいの妹、五歳のるなが、
「うそだね!」
全身でどなる。
「さっきからうちら、ずっと見てんだよ。しんださん、さっきからずっと、ぜんぜーん、はたらいてねーじゃん。ボーッとしてんだけじゃん。ずーっと、見てたんだって。ネ! だからもう、さっさとカニとり、いくよ。ボーッとしてんじゃねーって!」
「ワカリマシタ」
オレは神妙につぶやくと、コトコト階段おりて、虫かごに捕虫アミさげて、玄関をでてく。太陽の光がめちゃまぶしい。ガキどもの背中はみんなガーナ人の影みたいに真っ黒く日焼けしてる。
この港に越してまだ八ヶ月のオレ。三崎のことについっちゃ、五歳のガキであろうが、三歳の猫だろうが、あっちがセンパイだ。向こうに理があんときは、どんなことだって従わなくちゃなんない。
岸壁じゃカニ八匹つかまえた。センパイたちはギャアギャア叫んで喜んだ。机でボーッとしてるよりか、よっぽど働くじゃん、しんださん、カニとりになんなよ、ぜってーそのほうが向いてるって、て、そうアドバイスされた。
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