2020.11.07

鳥羽一郎ショウ|海辺のカスカvol.04

  • 藤沢宏光
  • エッセイ
  • MP
鳥羽一郎ショウ|海辺のカスカvol.04

僕は二十歳で上京して30数年間音楽業界で仕事をしてきた。
最初は楽器を運んだりするのが仕事で、その内に吉田拓郎や竹内まりや、伊勢正三などのコンサートツアーの一番下のスタッフとして全国を回った。
20代中頃にYMOの散開ツアーのマネージャーの一人として加わり、やがては新人アーティストのプロデュースをするようになり、あれよあれよと言う間にベテラン、新人を問わずたくさんのアーティストのCD作品のプロデュースやコンサートの演出なども行うようになったから人生は不思議。

今思えば多忙を極めた日々でも週に4日間は根城にしていた下北沢の雀荘で徹夜で麻雀を打ち、そのままサウナで仮眠をしてレコーディングスタジオに向った。
毎夜レコーディングが終わると若い衆を引き連れて2・3軒は飲み屋を梯子する。
いったいどうなっていたのかね。

そんな過去を持つ僕がここ15年間で観た最も素晴らしいステージが、三崎の初声地区の潮風アリーナで行われた「鳥羽一郎ショウ」だった。

漁業組合の主催で行われた「鳥羽一郎ショウ」。
僕はずっと好きだった鳥羽の兄貴をひと目見ようと潮風アリーナに向かった。
その日はあいにくの嵐、それでも会場は満席だった。

「鳥羽さんは漁船に乗って三崎に来たらしいよ」
「昨夜は三崎のスナックで飲んでたらしいよ」

有り得ない話しをまことしやかにささやいている三崎の鳥羽ファンたち。
スタッフの運転する高級車で来たに決まっているし、終わればすぐに帰るでしょう。

客席の明かりが落ちて、いよいよ「鳥羽一郎ショウ」が開演した。

まずは見たことも聞いたこともない女性演歌歌手が登場。
そうか、同じ事務所の新人が前座を務めるのね。
なるほどなるほど。

さて次は…。ポップス系の男性歌手?
これも同じ事務所か?

おや?今度は手品師?

おいおい、もう2時間近く経つぞ、鳥羽の兄貴はまだなの?
そしていよいよかと思ったらラッツアンドスターの「桑野信義」オンステージ。

時計を見ると開演してすでに2時間半になろうとしていた。
流石に会場がざわざわと落ち着きをなくして来た。

「帰ってごはんの支度をしなくちゃ」
「鳥羽さん、来てんのかしら?」

会場の空気が限界に達した頃、ステージに鳥羽一郎専属の司会者が登場した。

「みなさん、大変お待たせをいたしました!いよいよ鳥羽一郎の登場でございます!」
「曲は、兄弟船!」

「すんげー!」

「うおーっ!」地鳴りのような大歓声に包まれた。
お馴染みのトランペットのイントロが鳴り響く。
待ちに待った2時間半。
しかも1曲目が兄弟船かよ!
この歌を聴きにみんな嵐の中を集まったんだから。
割れんばかりの大歓声!
純白のスーツ姿の鳥羽の兄貴。
かっこいいー。
眉間にしわを寄せ、目線は斜め上。奥歯を噛み締めている。
絞り出すように大ヒット曲「兄弟船」を歌い終えた。

無言のまま、すぐさま2曲目。
そして3曲目。

ざわざわ…。

兄貴、ひとことも喋らない…。
「今日はもしかして機嫌が悪いのか?」
「イヤイヤ三崎に連れてこられたのか?」
「ふつう挨拶ぐらいするでしょ?」
無言のまま4曲目が終わり、純真な小学生のようになってしまった三崎の聴衆たちは固唾を飲んで、兄貴のひとことを待った。
ステージ中央に仁王立ちになった兄貴は、ぐるりと会場を見渡して、静かに第一声を発した。

まぐろ船はきついよなあ…、俺は…、かつお船だったから…、3ヶ月かそこらだったけどな…

ただそれだけの言葉を残して5曲目が始まった。
周りの漁業関係者はみんなすすり泣いている。
僕も完全に掌握されてしまった。
本当の男はちゃらちゃら喋らないんだよ!

ステージも後半にさしかかった頃、最前列のおばさんをいじりだした。

「おばさん、今日はきれいな服着てきたねえ」
「化粧が濃いんじゃないの?」

綾小路きみまろかと思うようなやりとりで爆笑させ、張りつめていた緊張感は溶けた。
やっとみんな笑顔、笑顔。
まるで荒波の中を操業する漁船に乗っているような、身を任せるしかない世界。
最後の曲まで一気に計12曲を歌い上げた。
大拍手の中、兄貴の締めのひとこと

「終わりっ!」

同時に客席の明かりが一斉に点灯した。
アンコールというものは必要ない。
今までいろいろなステージを観てきたけれど、「終わりっ!」という終わり方は観たことがない。
だって兄貴が「終わり」って言うんだから終わりだろ?
開演から既に3時間半。
みんなそれぞれの感慨を胸に帰路に着いた。

その夜、三崎下町のスナックではほぼ全員が鳥羽一郎を歌ったことだろう。
過去10年でこんなに一喜一憂し、不覚にも心を揺さぶられたステージは無い。
昨今の若いアーティスト達は、お客とお友達のような関係の中でステージを進めてゆく。
人の心を荒海のうねりの中に連れてゆくのも、穏やかな水面に心地よく漂わせるのもすべてステージに立つ者の掌の中にある。

「兄貴!ありがとう、シビレました!」

終わりっ!

藤沢 宏光この記事を書いた人藤沢 宏光
広島県出身。20歳で上京しミュージシャンのマネージメント業務を経た後、音楽プロデューサーとして「The BOOM」「小野リサ」など数々のアーティストの作品制作を行う。2004年に三崎に移住。2010年に三崎銀座通り商店街で「ミサキプレッソ」、2012年「ミサキドーナツ」を開店。地元三崎の「かもめ児童合唱団」のプロデュースを現在も務める。

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